1970年の亡霊
 河津は身を翻し、渋谷駅方向へ走り出していた。文化村通りを駆け、渋谷駅構内を抜ける。

 六本木通りと明治通りの交差点にそびえる灰色のビルを目指し、息を弾ませた。渋谷署の受付へ飛び込み、河津は身分を明かし、防犯課の捜査員を呼ぶように伝えた。

 河津が息せき切って駆け込んで来た為、受付にいた女性警官は余程の事件でも発生したと思ったのか、慌てて捜査員を呼びに行った。

「事件か何かで?」

 二階の刑事部屋から駆け下りて来た捜査員までが、血相を変えていた。

「以前の捜査記録を拝見したいのです」

 河津は説明するのに、

「本庁の女性警視を襲った者が、うちで追い掛けていたホシと関連がありそうなものでして」

 と、話をでっち上げた。

「あの事件は、有力な容疑者が浮かばず、こちらとしましても途方に暮れていたのです。しかし、女性を襲うような暴漢が、公安にマークされていた人間だとは、意外ですなあ」

 と、防犯課の捜査員は言った。

 捜査資料はそれ程多くはなく、被害者である三山と、助けに入った三枝の聴取記録が殆どだった。他に目撃証言もなく、防犯課で見せられた資料では、犯人像を特定出来ない。

 河津は、二度、三度と資料を読み返した。一つだけ気になったのは、渋谷署は余り周辺の聞き込み捜査をしていないという点であった。

 必要と思われる情報だけを手帳にメモし、河津は渋谷署を後にした。

< 172 / 368 >

この作品をシェア

pagetop