1970年の亡霊
警視庁サイバーパトロール課
 三枝稔は、今朝も憂鬱な気分で地下鉄の階段を上っていた。

 憂鬱の原因は、新しい上司である、下山課長との関係であった。

 四月の人事異動で三枝の課に異動して来た下山課長は、本庁の課長職にしては珍しいノンキャリアだ。

 今回の人事には庁内の誰もが驚いた。

 慣例からすれば、仮にノンキャリアの者が本庁の課長職に就くとしても、長年の現場経験と実績があれば問題は無い。事実、そういう事例が無かった訳ではないからだ。

 しかし、定年間際で何の実績も無いノンキャリアが任される部署とは言い難いサイバーパトロール課へ、下山課長のような人間を配置するのは、どう見ても不自然であった。

 日々進化するネット犯罪を取り締まる為に新設された課。

 それを束ねるだけの見識や経験がある者ならば、仮にノンキャリアであっても然程驚かれはしなかったであろう。

 しかし、下山課長の経歴を見ると、捜査畑に籍を置いていた時期は、僅かに警察官として拝命した頃だけで、その後は一貫して留置管理の職務を担当していた。

 畑違いの上司を上に抱いた事程、部下に取っての不幸は無い。

 そう三枝は思っていた。

 門外漢なら門外漢らしく、直接任に当たっている部下達に全てを任せてくれるのなら、まだ救われる。

 が、下山課長は管理職という望外な昇進にやたら張り切ってか、部下の仕事に何かと口を挟んだ。その指示は、いずれも的外れなものばかりで、又、直接捜査とは無関係な職務規定の徹底といった事ばかりで、三枝自身、髪型や服装とかで毎日のように叱責を受けていた。

 尤も、三枝の格好はおよそ警察官らしくなかった。らしからぬ……ある面、それは致し方無いとも言える。

 数年前に新設されたサイバーパトロール課は、その専門的知識を要する事から、従来の警察官をそれに当てるのではなく、広く民間から有益な人材を募って創設されたものである。



< 18 / 368 >

この作品をシェア

pagetop