1970年の亡霊
 警視庁内大会議室では、各課の主立った顔触れが、苦虫を噛み潰したような表情をして黙りこくっていた。

 先程から苛立ちを隠せないでいた警視総監が、人差し指でテーブルの上をトントンと叩きながら、

「全捜査員を動因していた筈なのに、どうして自衛隊などに先を越された?」

 と、室内に居る全員の目を嘗め回すように睨んだ。

 誰も発言しない。

「災害出動しか発令されていないのに、防衛省は対テロ部隊などというものを出動させ、テロリスト達のアジトを発見、襲撃した。先程、長官から言われたよ。警察の威信面目は丸潰れだな、とな。大体がだ、爆破テロ実行犯が北の工作員だったのなら、何故外事課は気付かなかった?山井君、君のセクションは北朝鮮専従班じゃなかったか?」

 いきなり名指しで言われた山井課長は、

「は、はい。我々も、数ヶ月前から、連中が何かを準備しているのではないかと、捜査員達が必死に、」

「言い訳は聞きたくない。終わった後なら何とでも言える。私が知りたいのは、今後の事だ。このまま自衛隊に治安権限を取られてしまうのか、それとも威信を保てるのか、君達に問いたいのだ。私は辞表を書かなくて済みそうかとね」

 警察は焦っていた。

 習志野に於ける自衛隊のテロリスト制圧は、治安悪化で不安を抱いていた国民の溜飲を下げる事となった。

 国民の間からは、自衛隊の本格的治安出動を求める機運が一気に高まり、国会では野党の一部を除いた多数が、政府に治安維持法の緊急施行発令を求めていた。
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