1970年の亡霊
 せっかくの休日が、とんでもないものを見つけてしまったせいで、おじゃんになってしまった。

 久し振りに押し入れから釣り道具を引っ張り出し、のんびりと太公望を気取るつもりが、こうして警察署で事情聴取をされている。

 杉野肇は、何度も同じ事を聴いて来る刑事に嫌気がさしていた。

 その死体を発見したのは、まだ陽が水平線の少し上に出た位の時刻だった。

 波間を漂うそれを一目見た瞬間、直ぐに死体であると判った。

 その事自体には別段驚きはしなかった。

 磯釣りや海釣りをしていると、何年かに一度は身投げした死体を見る事がある。特に。杉野がよく釣りをする場所は、近くに自殺の名所と呼ばれている断崖があるから余計だ。

 前に見た死体は、中年の女性だった。確か7年位前じゃなかっただろうか。

 災厄は忘れた頃にやって来るというが、本当にそんな感じだ。

 断崖から飛び降り自殺した死体は、大概着ている物がぼろぼろに引き千切れていたり、ひどいのになると岩場に身体を打ち付けてぐしゃぐしゃになっていたりする。

 だから今回見た死体は、瞬時に飛び降り自殺とは違うと想像がついた。

 尤も、首が無い胴体で全裸の死体であれば、素人が考えても殺された後に捨てられた死体だと気付く。

「じゃあ、これで発見時の事情聴取は終わります。どうもご協力ありがとうございました」

「いえ」

「最後に、この書類に今日の日付と杉野さんのお名前、それと人差し指で構いませんので、署名の末尾に押印して下さい」

「はい」

 杉野肇は、平成二十二年六月二十八日と日付を書き書名押印をした。

 警察署を出て家路に着いた時には、既に昼を過ぎていた。




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