1970年の亡霊
「待って」

 川合俊子が、まだ話は終わっていないと言わんばかりに後を追い掛けて来た。

「何だよ、男子トイレにまで着いて来るなんて、逆セクハラだぜ」

「最後まで話を聞いて」

 仕方無しに立ち止まった三枝に、彼女は自分のケータイを突き出した。その画面に映し出されていたのは、先程見せられたページの続きだった。

「おいおい、捜査データを個人のケータイやパソコンに取り込むのは職務違反だぜ」

「そういう硬い事は後回し。ほらよく読んで」

『……ゴランとホルムズに火が上がる。太平という名の惰眠を貪る無知な民を目覚めさせよ。燃え盛る火を消し去るのは、我々だ。四十年前の志を継ぐ、我々だ。キタジマの血はここに流れている』

「ゴランとホルムズ……この前起きたPKO部隊へのテロ攻撃の事か?」

「貴方もさすがに新聞だけは読んでいるようね。いい、私がこの書き込みを見たのは、まだ二月よ。実際に事件が起きたのはその後」

「……ねえ、キタジマって?」

「さっき見たでしょ。オークションという名目で出品さていた作品集。あれ、喜多島由夫よ」

「あの喜多島かい?」

「そう、四十年前にあの事件を起こした喜多島由夫。それと、私があの散文詩のページにアクセス出来たパスワード、何だと思う?」

「そこまで勿体つけて、後からがっかりさせないでくれよな。で、そのパスワードってなんなんだい?」

 川合俊子は小声でパスワードを囁いた。

 見つけ出した経緯にまで話が及ぶと、三枝の表情が少しずつ変化し始めた。

「マジ!?」

「しっ!声が大きいわよ」

 二人は、その後も廊下で人目を忍ぶように話し続けた。






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