1970年の亡霊
 空港管制室の混乱は、上空のパイロット達以上であった。それぞれが担当していた旅客機や貨物機を、何とか爆発から回避させようと指示を出すのだが、矢継ぎ早に起こる爆発と閃光に、彼等の思考は完全に平常心を失ってしまった。

 続け様に起きた爆発は、計十回を数え空港全体の電力も一瞬遮断されたが、予備電力がすぐさま供給された事で、コンピューターをはじめとする最重要部分は何とか電力ダウンをせずに済んだ。

 主任管制官入江秀治が、各管制官達へ落ち着けと何度も怒鳴る。実際にはそう言っている入江の方がパニックになっていた。そして、混乱に拍車を掛けるように、地鳴りが管制塔全体を包んだ。

「じ、地震だ!」

 ゴーという地鳴りとともに、立っていられない程の振動が起きた。床に座り込む者、慌ててデスクの下へ隠れようとする者。

 数秒後、全長4.000メートルのB滑走路の中央部分が、地響きを立てて陥没した。それは夜目にもはっきりと判った。

 管制室の窓越しにその光景を呆然と眺める管制官達の表情は、皆同じように魂を失ったかのようであった。

 週末という事もあって、旅客ターミナルには夜にも拘らずかなりの人間が居た。ターミナル内はパニック状態の極みとなり、人々は我先にと出口へ殺到し、その為に怪我人が多数出た。

 悲鳴と怒号が交錯する中、空港職員の中には、この混乱を収拾しようとする者も居た。だが、津波のように殺到する人々に呑み込まれ、職務を忠実に遂行しようとした職員の身体は舵の利かない難破船の如く、壁や床に打ち付けられた。

 関西空港で起こった爆破は、5キロ離れた対岸のビルをも揺らし、閃光と炎は遠く境の港からも目視出来る程であった。

 関空爆破の報せを聞いた首相は、官邸の自室で言葉を失ったまま項垂れてしまった。

 これでまた危機管理能力を問われる……

 何故なんだ?何故私が首相の時に……

 憔悴し切った首相は、秘書官が差し出したメモを読み、力無く肯いた。そこには『事故ではなく、テロによるもの』という文字が書かれてあった。

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