1970年の亡霊
 先に桟橋方向へ駆け出した部下達がばたばたと倒れた。後ろの方でも撃たれている者が居る。飛来する銃弾の方角が変わった。いや、変わったのではなく、新手が攻撃して来たのだ。

 退避する為に向かった桟橋正面の建物から撃って来ている。挟み撃ちにされた。最初に銃撃して来た建物と桟橋正面の建物との間には、広い駐車場と僅かに段差のついた歩道と車道があるのみ。

 肩に担いでいた部下の身体が激しく揺れた。衝撃で日野二尉の身体がバランスを崩し、アスファルトへ倒れ込んだ。

 もう一度負傷した部下を助け起こそうとしたが、部下の全身がぼろ雑巾のようになっていた。

 自分の周りで動いている者は居ない。死体と化した部下の身体に、更に銃弾が降り注ぐ。

 銃弾を受けた死体は、その度に跳ね上がり、血と肉が飛散した。

 最後のマガジンを小銃に装填した日野二尉は、獣のような雄叫びを上げ、桟橋に向かって走り出した。

 彼の身体を銃弾が掠める。日野も銃を構えた。はっきりと狙いなど付けていられなかった。とにかく引き金を引いていなければ、気が狂いそうになる。恐怖感はとっくに何処かへ消し飛び、ただひたすら前進を続けた。足首に衝撃を感じた。

 がくんと躓き、片膝を着いた。今度は肩に衝撃を受けた。血が噴水のように吹き上がったのが自分でも判った。転げ回る。這い蹲り、肘の力だけで身体を動かそうとした。

 撃たれた衝撃で小銃は何処かへ飛んで行った。腰の自動拳銃を抜こうとしたが、ホルスターから抜けない。

 又身体に衝撃を感じた。何処を撃たれたのか判らない。

 射撃音と、アスファルトに着弾する銃弾の音で、彼の聴覚は麻痺していた。

 日野は、自分がまるで無声映画の世界に居るような感覚になった。

 そういえば、去年死んだ父はチャップリンが好きだったなと、薄れ行く意識の中で思い出していた。

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