1970年の亡霊
 職安通りを大久保方面に少し入った先に、佐川から教わった店があった。表向きは普通の韓国料理店だが、実態はあらゆる犯罪の中継所になっていた。

 麻薬取引、広域窃盗団の連絡所、裏社会のマネーロンダリングと、もしこの店の実態を加藤が知っていたら、幾ら何でも一人では足を向けなかったであろう。

 店の入り口は大きく開かれ、テーブルが道路にはみ出さんばかりに置かれてあった。

 店内は各テーブル席が仕切り板で囲われ、外からは店内の客は見えない。

 この店が裏社会の窓口だと聞かされていなかった加藤であったが、隠しようの無い犯罪の臭いを嗅ぎ付けた彼は、用心の為に店の奥へは入らなかった。

 一番外に面したテーブルに座り、店の人間が来るのを待った。

 濁った眼をした男が、片言の日本語で注文を取りに来た。

「この店で一番旨いもんを頼むよ」

 と言いながら、加藤は小さく折り畳んだメモ紙と一緒に一万円札を渡した。

 受け取った男は、じっと加藤の目を見、渡されたメモ紙と見比べた。一緒に渡された一万円札が効いたのか、男は小さく肯き奥へと消えた。

 白髪交じりの長い髪の毛を後ろで束ねた男が加藤のテーブル席へやって来たのは、取次ぎの男が奥へ消えてから五分程してからだった。

 テーブルの上に置かれた灰皿には、せわしなく吸われた煙草の吸殻が二本押し付けられていた。

「おたく、デカだよね……」

 加藤を上から下まで値踏みするように見た男が、ぼそっと言った。

 一見すると裏社会の顔役だというイメージが湧かない印象だ。ライダースーツを着こなした姿と後ろに束ねたロン毛が、加藤に昔観た映画の主人公を彷彿させた。

「ああ。だが、今夜は手帳も何も持って来ていねえよ。デカとしてあんたに会いには来たが、目的は別だから……」

 取次ぎの男がビールの小瓶を二本持って来た。

「このビールが飲み終わるまでが、あんたの持ち時間だ」

 そう言って、タカハシが先にビールを手にした。
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