1970年の亡霊
 互いの間に何とも言えない緊張感が漂った。

 本題へ入るきっかけを探すかのように、

「名前、どう呼べばいい?」

 と、加藤は探りを入れた。

「好きに呼べばいい。おたくの知っている名前でね……」

 こいつは本物のワルだ……

 黙っていても圧倒してくるものがある。それは加藤ですら心胆を凍らせてしまう程で、血が通った人間の温もりを一切感じさせなかった。

 これまで様々な犯罪者を実際に見て来たが、今まで見て来た連中には、それが例え負のエネルギーであって、こちらのエネルギーに反発するものであったとしても、必ず血の温もりを感じさせた。

 それが、一見冷酷無比な殺人者であってもだ。

 だが、目の前の男にはそういったものが無い。じっと相対しているだけで、自分の魂が吸込まれてしまいそうな感覚に陥る。

 加藤の口が開くのをじっと待っている。背筋がぞくっとした。

「あんたの名前なんかどうでもいいか……。俺は、こいつらの事を教えて貰えればいいだけだから」

 そう言って背広の内ポケットから、数枚の写真と何人もの名前が書かれた紙を差し出した。

「はいそうですかとそれを見る訳にはいかないよ……」

「ギブ&テイクじゃなければ、話す価値もねえって感じだな」

「もし、これをビジネスと割り切るなら、私はおたくに見返りを求める。だが、デカとはビジネスをする趣味は無いんだ……」

「ならば何故?」

「いいか、デカに情報を流すという事が、私達の世界では一体どういう意味を持つのか判っているか?」

「ああ、判るよ……」

 タカハシは残り僅かになった自分のビールを一気に流し込んだ。焦った加藤は、

「待ってくれ、とにかく最後まで話を聞いてくれ!」

 と、腰を半分上げ掛けた。
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