1970年の亡霊
 池谷が初めて加藤を知ったのは、今から一年近く前の事で、場所は東京地裁の法廷であった。

 二十年近くもの長きに渡って逃亡を続けていた連続殺人犯、佐多和也の一審を取材中での事だった。

 佐多の事件のうち、時効となった十八年前の殺人事件は、犯人である佐多を逃がそうとした愛人女性が、捜査員の拳銃を奪って女性刑事を殺害し、逮捕されて数ヵ月後には拘置所内で自殺をするという衝撃的なものであった。

 そして、裁判そのものの事件が注目を集めた理由は、連続殺人犯と思われていた佐多が、実は真犯人を庇う為に、自らが犯人であるかのように偽装したという事実であった。

 しかも、その事実を詳細に調べ、佐多の無実を晴らすべく証言台に立ったのが、事件当時の捜査員だった刑事であったのである。

 佐多の逮捕時にも、様々な思い違いが生じ、捜査員から銃撃を受けるといった事や、事件に至る詳細が解明されるに従い、世間は被告人へ同情を寄せるようになった。

 警察、検察双方とも、あくまで真犯人は佐多であるという方針で裁判に臨んだ訳であるが、それに真っ向から挑んだのが身内の捜査員であったが為に、より注目を集めた裁判となったのである。

 世間は、被告人の無罪を証言する為に弁護側の証人となった刑事をヒーローのように讃えた。

 しかし、彼の所属する組織は、そのようには扱わなかった。



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