1970年の亡霊
 ここまでの段階で、三山は下山典孝、旧姓蒔田典孝なる人物が全ての黒幕ではないかという結論を出そうとしていた。

 が、どう調べて行ってもその線に繋がって行かない。下山典孝の存在が俎上に上がったのは、川合俊子のコンピューターを監視していた人物を特定していた際に出て来ただけで、彼が顧問を務めるマルミツ経済研究所の名前は出て来ても、そこで途切れてしまう。

 喜多島由夫と共に市谷駐屯地へ乱入し、自衛隊の決起を促そうとした兄登の意志を引き継いだ弟。

 そういう図式で一連の事件を総括して行くと、確かにしっくりする。

 一般の犯罪と大いに違う点はここにあった。動機の点が、一作家への憧憬に起因していた。河津や手代木局長達は、単に自衛隊のクーデターという視点でしか捉えていない。

 そうじゃない……

 そんな現実的(起こしている事犯はクーデターという非現実性を持っているが)なものじゃないわ……

 彼等は自らが喜多島由夫になりたかった……

 もっと突っ込んで言えば、喜多島が具現化しようとした武士道に殉じたかった……

 現代社会の中に、日本人としてのアイデンティティを見出せなくなってしまった事で、彼等は喜多島への憧憬をより募らせた……

 こういった心情を一般市民は理解出来ないであろう。もし出来る人間が居るとすれば、カルト宗教などに惹き込まれる者達ではなかろうか。

 現実社会に何の希望も見出せなく、己の存在意義をどう位置付けていいのか判らなくなってしまった人々。誰よりも希望を欲し、立ち向かおうともがき、苦しむ人間だからこそ、すがれるもの、己を見出せると思えたものに盲目的従順さを示すのであろう。

 ある意味、そういった人々は誰よりも生きる事を欲し、活かされる事を欲しているのではないか。真剣さ故の惑いなのかも知れない。

 そういった視点で捉えて行くうちに、三山は更に別な力が加わっていたのではないか、という思いにも至った。

 今、その部分をはっきりとさせる為にデータの分析と解析を急いでいる。

 どっちにしても、鍵は下山典孝……

 あなたは一体何処に居るのよ……

 もう一つの大きな力。それを知った時、この国に深く根付いた黒い影に三山はどう立ち向かうのであろうか……。




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