1970年の亡霊
 結局この日の夜も官舎へは戻らなかった。東京駅で当てもなく電車を乗り換え、河津は抜け殻のようになって車窓に映る東京の夜景を見ていた。

 ずっと電源を切っていたケータイ電話を手にした。暫く見つめていたが、そのままポケットへ押し込んだ。

 駅に停まる度、どっと乗客が乗り込んで来る。彼の隣は空席になっていたが、座ろうとする者はいない。

 中には河津の身なりを見て、あからさまに顔をしかめる者も居た。

 奥の車両から鉄道警察官がやって来るのが見えた。

 河津が乗っている車両へ来た時に、丁度駅に停まった。

 河津は降りた。同じ警察官でありながら、彼は理由も無く彼等を避けた。ホームから周囲を見渡す。

 俺は何をやってんだ……

 背広の内側に忍ばせた拳銃を、服の上から押さえた。

 人の流れに押されるかのように改札を出た。目の前にタクシーが列をなして停まっていた。

 運転手は、一瞬河津を乗車させる事を拒もうかと考えた。だがこのところの稼ぎの悪さから、背に腹は抱えられないと、渋々ドアを開けた。

「どちらまで?」

 乗り込んでもなかなか行く先を言わない河津に、運転手は後悔し始めた。やはり乗せなければよかったと。

 黙りこくっていた河津が、突然喚くように声を出した。

「もっとラジオのボリュームを上げてくれ!」

 彼の耳に入ったラジオの臨時ニュースは、三山や加藤達の強制捜査を報じていた。

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