1970年の亡霊
「居なくなられた前後で、ご主人の周辺で何か変わった出来事などはありませんでしたか?」

「……」

 必死に何かを思い出そうとしたが、明子は虚しく首を振るしかなかった。

「どんなつまらない事でも構いません。いや、寧ろ取るに足らない事だと周りが決め付けていた出来事の方が、事件や失踪の理由だったりするものなのです」

「じ、事件で、すか……主人は何かの事件に巻き込まれたのでしょうか?」

 堀内は自分の軽率さを心の中で詰った。

 こういった案件で相談に訪れた親族に対し、慎重に言葉を選ばなければならない。

 特に、事件といった言葉は極力避ける心遣いが必要であった。

「職業柄の癖でつい事件と言ってしまいましたが、一応全ての可能性を考えて置く必要があるでしょう。お話を伺った限りでは、その後ご主人からは一切の連絡が無く、又ご主人の銀行口座から預金が引き出された形跡も無い。奥様が仰っていた通りの所持金しか持っていなかったとすれば、とうに現金は無くなっている筈です。奥様からすれば、夜も眠れない程にご心配でしょう」

 項垂れたままでいる垣崎明子を署の玄関まで見送るように婦人警官に命じ、堀内は書き留めたメモを読み返していた。

「ジュンちゃん、すまんがこのデータで管内のオロク(身許不明死体)と照会してみてくれないか」

 垣崎明子の聴取に立ち会っていた女性刑事にメモを渡す。

「管内だけで?」

「念の為、近隣各県警から上がって来ているやつとも照会してみるか。他にも案件を抱えているところを済まないが、宜しく頼むよ」

「大丈夫です。血液型、身長、体重、手術痕、これだけ詳しく判っていれば、当たりだったら直ぐにヒットしますよ」

「もしそれでヒットしなかったら、全道府県警にデータを送付してみてくれ」

「判りました」

 この失踪者は既にこの世にいない……

 刑事としての勘でしかないが、堀内は確信に近いものを持っていた。




 
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