1970年の亡霊
 警視庁は、強制捜査で対象外の駐屯地で少しでも不穏な動きがあった場合は、即刻機動隊を出動させられるよう、各県警へ緊急要請を行なっていた。

 朝霞が危ないという情報が埼玉県警本部に入ると、その対応は迅速を極めた。

 県警本部長は、警視庁が市谷駐屯地をクーデター容疑で強制捜査に踏み切ったと知るや否や、まだ警視庁側からの出動要請が来る前に捜査員を差し向けていたのだ。

 続々と駐屯地の外に集まる警察車両を見た自衛官の中には、その事で警察側への怒りを増幅させる者が出始めた。

 騒然とする中、連隊幹部に状況説明を求める自衛官達。

「それはクーデターではありませんか!?」

「やはり、警察の捜査容疑は本当なんですね!?」

「そんな事はどうだっていい。ようは我々も決起するかどうかだ!」

「待て、先ずは落ち着け!ここでの軽挙妄動は、自衛官としての本務から逸脱する事になる!指示があるまでとにかく冷静に待機していろ!」

 宥めすかしながら、隊員達の暴走を収めようとする連隊幹部だが、彼の言葉は火に油を注いだような形になってしまい、より騒ぎは大きくなって行った。

 園田の姿を見たつるぎ会の者が、強張った表情をさせながら近付いて来た。その者は、園田が鹿島二佐の命令で朝霞に差し向けていた連絡員であった。

「二尉、どうして露呈したのでしょうか」

「そんな事はどうでもいい……最早、これまでだな。私は戻る」

「え!?」

「君への命令はこの時点で無効となった」

「園田二尉……」

 その者を振り切るようにして、園田は乗って来た兵員輸送車には戻らず、一人営門へ向かって歩き出した。

「園田二尉!どちらへ、どちらへ行かれるのですか!」

 何度も呼び掛けたが、園田の背中は一度も立ち止まらなかった。
< 350 / 368 >

この作品をシェア

pagetop