1970年の亡霊
 僅かに開けたスモークガラスの隙間から垣間見える景色が、何故かアフガンやイラク、そしてゴラン高原の荒涼とした景色と重なった。

 吹き付ける風の匂いまでもが、乾いた砂のように感じられた。

 早朝の冷たい空気に首をすぼませて出勤して来るサラリーマン達。繁栄の証とも思えた東京。その中で世界の企業戦士として縦横無尽に飛び回っていた彼等達の表情には、その頃の自身に満ちたプライドが、今は窺えない。

 それらに混じり、議員秘書や職員達が入り口の守衛にIDカードを提示して入って行く。

 彼等の表情も、連日遅くまで審議されている国会の予算審議会の為か、或いはこのところのテロや周辺諸国との外交問題に振り回されている為なのか、生気の失せた顔をしていた。

 日本人である事に誇りも自信も失った彼等。

 待っていろ……

 この一弾で、全てが変わるとは思っていない……

 だが、濁り切った池に一石の波紋位にはなる筈だ……

 いや、なってくれなければ、我が手によって死の床に着いた者達は浮かばれない……

 視界の隅に、黒塗りの高級車が入った。

 岡田は64式狙撃ライフルに装着されたスコープを覗き、銃口を向けた。

 要はいつでも車を発進出来るように、ギアを入れた。

 周辺でも一番大きなビルの前でその車は一旦停車した。

 確認を済ませた守衛が、地下駐車場へ誘導しようとした。

 車の後部席にはカーテンがされて居り、中の様子は判らないが、ターゲットは間違いなく乗っている筈だ。

 引き金に掛けた指に力が加わって行った……。




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