1970年の亡霊
 鹿島二佐はあの部屋を目指していた。その部屋は彼に取って大きな意味を持つ。

 今から5分前、彼は総監室へ電話を掛けていた。重大な話があると言い、相手の返事も待たず「今から向かいます」と一方的に切った。

 鹿島は作戦地図を入れる大きな筒を持ち、総監室へ向かった。

「失礼します」

 強制捜査の報を受けて、深夜にも関わらず、東部方面軍幕僚長と第一師団長が総監室へ駆け付けていた。

 彼等は、強制捜査の対象にされている内務班統括鹿島二佐がやって来た事に、困惑の表情を見せた。

 強制捜査を敢行しようという警察側と、それを阻止しようとする一部自衛官達が、営門を挟んで対峙していた。師団長や総監の説得に応じようとしないグループは、駐屯地を占拠し、交戦の構えを取った。

 そういった過激グループの指導者と思われている鹿島が来たのである。

「強制捜査の容疑がクーデターを企図、実行しようとした国家反逆罪であるとの事だが、君はその件について説明しに来たのかね」

 師団長の言葉を無視し、鹿島は総監の前へ進み出た。

「総監は、今日という日が、一体どういう日であるかお判りでしょうか?」

「突然何を言い出すんだ?」

「お答えを」

「上官に対し、礼を失する態度だぞ!」

 師団長が横合いから口を挟んだ。

 鹿島は手にしていた筒を開け、中から日本刀を抜いた。

「き、貴様ぁ!?」

「お静かに。危害を加えるつもりはありません。さあ、総監お答えを」

 総監は顔面を蒼白にさせ、口を真一文字に引き結んだまま、言葉を発しなかった。

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