1970年の亡霊
「そちらで捜査している首無し死体と関連しているかどうかまだ判りません。ですが、可能性は高いのではないかと……。そういう事ですから、早急に身許照合をしマルヒ(被害者)を特定する事が、事件の早期解決に繋がると……。まあ、そちらもその辺は充分に承知されていると思いますから、こちらで依頼のあった行方不明者の遺留品鑑定は、科捜研へ回します。ですから、そちらの検死データも科捜研へ送って頂けませんか」

 堀内の諭すような言い方もあってか、君津署側も渋々ながら同意した。

 堀内は、一切捜査の主導権について語らなかった。

 電話での物言いは、君津署への協力を惜しまないといった態度で終始していたせいもあり、いつしか先方はこれまでの捜査内容まで堀内に話す程に軟化していた。

 堀内が採取して来た物は、衣類やヘアブラシに付着した微量のフケや毛髪、皮膚片。それと、垣崎剛史の所持する書籍等で、特に書籍は本人の指掌紋が大量に採取出来ると思われた。

 科捜研へ送られたデータの鑑定結果は、しかし双方の期待を落胆させるものでしかなかった。

 一番の決め手になると思われた指紋が、首無し死体のものとは明らかに違っていたからであった。

 俺の勘も鈍ったか……

 しかし、箭内課長はこれで垣崎剛史捜索を板橋署単独で扱えると意気込んだ。

 単なる行方不明ではなく、何らかの事件に巻き込まれた……

 箭内課長はそう捉えた。

 一方、堀内の胸の内では、そんな簡単に決め込んでいいものだろうかという思いになり始めていた。

 嵐の前に訪れる暗雲の如き、どす黒い不安感の源がいったい何処にあるのか判らないまま、堀内はこの案件のキャップとして正式に命ぜられたのである。




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