1970年の亡霊
 ビアホールで食事をしながら飲もうという事になった。

 人いきれと煙草の煙の中で、会話は途切れる事が無かった。

 しかし、何故か三山は近況を語ろうとはせず、昔の話ばかりをした。自然、そうなると共通の話題は佐多事件の事になってしまう。

 加藤は三山の話し振りに何かを感じた。

「あんた、カイシャ(警察の隠語)辞めたくなったんじゃねえの?」

 突然、何の脈絡も無く加藤は切り出した。

「えっ!?」

 半分空になったジョッキを宙に浮かせたまま、三山は返す言葉を飲み込んだ。

 思いも寄らなかった言葉をいきなり言われたものだから、動揺が表情や態度に現れた。

 しかし、加藤にそう言われてみると、このところの鬱屈した気持ちの正体が朧気ながら判ったような気がした。

「そう見えます?」

「ああ」

「加藤さんがそう言うのなら、そうなのかな……」

「さすがのあんたでも、人並みにスランプになるんだな」

「加藤さんまで私を普通じゃない女として見てたんですか?」

「少なくとも交通課でミニパト転がしている婦警とは違うだろ。キャリアの中でも並み居る男共を差し置いて、女としては異例の昇進をして来たあんたを、どう人並みに見ろって言える。偏見の塊みたいな警察官の世界に飛び込んじまったんだ。そう思われるのはしゃあねえだろ。自分で選んだ道なんだし」

「そうよねえ…私自身が選んだ道なのよねえ……」

 テーブルに両肘を着き、まるで他人事のように遠くを見つめる三山。

 加藤はその姿を見て、何だか腹立たしくなって来た。


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