1970年の亡霊
 アパートの前から立ち去ろうとした三枝は、視線の端に何かが動いた気配を感じた。

 咄嗟に電柱の後ろに身を寄せ、気配の方へ目を凝らした。

 気のせいか?

 気配を感じたからといって、何も身を隠す必要も無いか……

 そう思った矢先、視線の先に男が動いたのをはっきりと確認した。

 川合俊子のアパートの廊下をゆっくりと歩く男。

 川合の知人か?

 その考えは直ぐに消えた。

 昨日の葬儀の席で見た出席者には、その男はいなかった。それに、十メートル近く離れているというのに、男から伝わって来る気配というものは、尋常のものではなかった。

 二階の中央付近で佇み、周囲を窺がっている。その姿は、まるで俊敏な猫科の猛獣を想像させた。

 遠目に見ていても、その男が危険な人物だという匂いを感じる。

 じっとりと汗ばむ中、三枝は自分の背中を流れる汗が冷えて行くのを感じた。

 ぶるっと震えが来た時、その男は川合俊子の部屋のドアを開けたのだ。

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