1970年の亡霊
 定職を失い、住まいも失ってかれこれ一年。

 まさか自分がネットカフェ難民になるなんてと、三十七歳になったばかりの星野文也は思っていた。

 派遣先の製造工場を解雇されてからは、日払いのバイトでその日暮らしを続けて来た。

 最初の二、三ヶ月は、置かれた環境から一刻も早く抜け出さなければと、あらゆる努力をしてみた。

 一日に何件も面接に行ってみたりしたが、定住する場所を持たない人間にとって、リーマンショック以来の社会状況は厳しかった。

 必然的に選ぶ仕事の種類も拘っていられなくなり、条件的なハードルも下げてはみたが、結果は何も変わらなかった。

 半年が過ぎると、焦りよりも諦めが生まれ、一年経った今では、下手な希望など持たないようになった。

 贅沢さえしなければ、ネットカフェの狭い個室もどうという事は無い。

 インターネットでエロ動画を観たり、金が必要ならば求人サイトで日払いのバイトを探せばいい。

 少しまとまった収入が欲しくなったら、闇サイトで怪しげな仕事を探せば事足りる。

 尤も、最近は闇の求人サイトが数多く摘発されたせいか、なかなかそういった書き込みに出会わない。

 その日、久し振りにそれらしきサイトの書き込みを見付けた。

『高額保証。全額日払い。最低大五枚。簡単デリバリー。年齢性別一切不問』

 やりい!大五枚って、普通の一週間分じゃん!

 大とは一万を意味する。つまり、大五枚とは五万円の意味だ。

 人殺し以外だったら、少々法律に触れたって構いやしないさ。

 こんな社会にした政治が悪いんだ!

 書き込まれたあったメールアドレスに早速応募メールを送った。ものの十分とせずに返信が届いた。

『まだ募集をしています。即決致しますので、一度面接を致しましょう』

 星野文也は了承の返信を送った。

 彼の頭の中では、既に五万円の使い道ばかりが膨らんでいた。

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