1970年の亡霊
 福祉課を訪れる人間の数は、何処の役所も一杯だ。

 荒木茂男は、汗と垢で臭う身体を受付前のソファへと運んだ。

 窓口では、自分よりも汚い身なりの男性が、職員とやり取りしている。

 その男性は、福祉課の職員から非常食用のクラッカーを貰い、仕方無しといった諦めの表情を浮かべながら窓口を離れて行った。

「次の方どうぞ」

 事務的な物言いで荒木に声を掛ける職員。

 足を引き摺るようにして、彼は窓口に進んだ。

「生活保護の申請をしたいんです……」

 もう何度となくあちこちの役所で言って来た台詞。

 段取りは何処の役所も一緒だ。この後の対応も判っている。

 どうしてホームレスになったのかを聞かれ、面倒を見てくれる親族はいないかどうかを調べられる。

 ここで、住む所がある者はまだ幸運だ。比較的生活保護の対象になり易い。

 荒木のようなホームレスには、緊急一時保護シェルターとかの施設を斡旋してくれたりするのだが、そこに入るには月二回の抽選に選ばれなければならない。

 今日明日をどうするかで困っている人間に、抽選というのもおかしな話だ。

 そう怒ってみたところで、行政は血の通わない鉄仮面の様相でホームレス達をあしらう。

 結局はさっきの男性のように、僅か十枚ばかりの非常食用クラッカーを渡されてお終いだ。

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