―you―
「元気がないな」
 無言で食べるのは珍しいので、私は率直に言う。君は顔を上げて私を見た。苦しそうな、泣き出しそうな顔だ。
「何で、俺のところに来たんですか?」
「それは…」
 突然君は立ち上がり、どこかへ行く。食べかけのドーナツが崩れ落ちる。私は君を追った。

「優」
 水の流れる音と、それに隠れた嘔吐の音。
「優!」
私はトイレのドアを叩いて君の名を呼ぶ。トイレットペーパーを巻き取る音がして、また流水音。静かになると、小さく君の鳴咽が聞こえた。
「優…」
「無性に吐きたくなるんです」
「…いつから」
「いつだろう…っ」
 君はもう一度吐いた。
「…千尋さんと奈緒さんが……愛し合ってるのを見たときからかな…」
「君…」
「俺、苦しいんですよ」
 ドアの向こうで、君は大きく息をついた。
「あなたが…」
 カチャ、とドアが開いた。ドアにもたれていた君の体が崩れる。為るがままに倒れ、仰向けになった君は私を見上げる。目の端に涙が浮かんでいる。
 私も君も何も言わなかった。君の目に溜まった涙が流れる。私はゆっくりと体を曲げて、君に口付けた。
 胃酸の苦しい味だ。しかしどこかに甘さを感じた。
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