―you―
「馬鹿千尋」
声は、君のものだった。
「ゆ…」
「呼ぶな」
そう言い放って、君は奈緒の方を向いた。
「奈緒さん」
君は細い体を折る。
「ごめんなさい…パイ、とってもおいしかったです。有難うございました」
そのまま。
「だからもう、帰って下さい。千尋さんと帰って下さい」
そのまま。
「お願いします…千尋さんにおいしいご飯を作って下さい。元気な赤ちゃんを産んで、千尋さんと一緒に育てて下さい」
カーペットにポツポツと染みができた。君の涙だ。
奈緒は立ち上がった。
「私は千尋が好きなの。愛してるの。だから結婚するの。子供も産むの…優ちゃんに言われるまでもないわ」
奈緒は私の腕を掴んで引っ張り、立たせた。私は呆然としてしまって、されるが儘になっている。
「帰りましょう」
歩いてよ。奈緒が私の背中を押す。君は腰を曲げたまま動かない。寺田は私達を睨みつけ、早く出ていけと促す。この後、寺田は君をどうするんだろうか。君の足元の染みがどんどん大きくなっていく。
「優…」
もう呼ばないで。
口だけが動いてそう言った。