―you―
9 負けないで、もう少しだけ

 ごめんなさい。嘘を吐きました。
 あなたのことが大好きなのに、仕事を、演劇を愛しているので嘘を吐きました。
 レイプされた、と嘘を吐きました。


「もう動いて大丈夫なのか?」
「はい」
 病室に当たり前のように寺田さんがいて、少し腹が立つ。待ち合わせのために寺田さんに電話をした。だからリダイアルで寺田さんに掛かって、あの場に寺田さんがいて。
 あの時にはもう、俺の中にもう一つのいのちがあった。

「寺田さん」
「ん?」
「俺、こんなに大きい嘘、初めて吐きました」
「…優」
「嘘って怖いな…今、自分は被害者なんだって思ってる俺がいる」
 同時に傍観者の俺がいて、囁く。お前はソゴウチヒロの人生を狂わせた加害者だ、と。
「優」
 寺田さんが俺に目線を合わせて話す。
「被害者とか加害者とか、ちょっと違うだろ?」
「…解ってますよ」
「お前とあいつは好き合ってた、それは本当なんだろうけど、でももう終わったことだ」
 終わったこと。
 あなたの残したものも、取り去ってしまった。
「だから、」
 寺田さんは鼻を膨らませた。
「俺のことを好きになってください」
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