―you―
「寺田さん」
顎を撫でる。
涙が出るのは、寺田さんがいる所為。俺の体はおかしい。
寺田さんは俺の手を掴んで、そのまま顔を近づけた。俺は反射的に顔を逸らす。
「優…」
「忘れたくない…千尋さんを忘れたくない」
そんなことを言っても。
千尋さんとは、もう会わない。
「解ってんだろ?」
見透かしたように寺田さんは言う。顔は近づかない。代わりに抱きしめられた。
「細いな…優」
「…っ」
抵抗できない。柔軟な筋肉は思いの外しっかりしている。
「演技でも嘘でも良い。俺を好きになれよ。お前には足踏みなんか似合わない。前に進むために堕ろしたんだろ?」
千尋さん。
俺はあなたに会って恋をして、役者として結構成長できたと思いました。大きな役も貰えたし。でも、人間としてはダメでした。
結果として生まれた子供は、俺自身がそうだから余計思うんだろうけど、親の愛にムラが出来る。俺は半分しか与えられなかった。だから、子供は絶対、目的として欲しかった。
解ってます。何を言っても言い訳になること。
堕胎なんて。
久しぶりに立った舞台は俺を温かく迎えてくれた。実家から来た母も客席に見える。
真っ直ぐ俺に降る光。その筋を睨んで歌を歌う。
貴方なんていらないわ
私は一人いつも一人
昔も今もこれからも
私は負けない
吹き荒れる風にも
乱れ打つ高波にも
立ち向かって進むわ
一人の方が楽なのよ
肩に担ぐ荷物は少ないし
心に持つ荷物は少ないし
だから貴方はいらないの