天空のエトランゼ〜レクイエム編〜(前編)
カラン…。

小さく鈴がなった。

「いらっしゃいませ」

その音を合図に、カウンターの向こうにいる男は頭を下げた。

「お久しぶりです。マスター。いつもの頂けますか?」

小さなカフェに入ってきた女は、男に向かって微笑んだ。

「テ、テラ様!?」

マスターは一度下げた頭を、慌てて上げた。

目を見開き、

「ご、ご無事で!」

驚きの表情を見せた。

「無事ではないさ。魔王との戦いで、肉体を失ってしまった。今のあたしは、仮初めだ」

カフェに現れたのは、中山美奈子だった。

美奈子は、カウンターに座ると、

「まあ〜いいさ。死んでからわかることもある」

にこっと笑った。

「ま、魔王…」

マスターの脳裏に、数十年前に出会った男の姿が戦慄とともによみがえった。

動きが止まるマスターに、美奈子は言葉を続けた。

「さっき…。ちょっと店に入るか悩んでいた時に、ここのお客に絡まれたんだけど…」

「!?」

「殺しはしていないけど…お灸はすえておいたから」

「め、女神にご無礼を!」

マスターは、頭を下げた。

「いいのよ。あたしには、元から女神の資格はなかったから…。ただ…町中で簡単に変化するからさ」

美奈子はそう言うと、カフェ内を見回し、感慨深気にため息をついた。

「…まさか、ここに戻ってくるなんて…」

「何か…あるのですか?」

マスターは、コーヒーカップを美奈子の前に置いた。

「少し…空気がざわめいていますから…」

その言葉に、美奈子は視線を、マスターに向けた。

「!」

上目遣いで、探るような瞳に…マスターは少し驚いた後に、微笑み、

「大した理由ではありません。空気が…いや、たまに吹く風が、昔を思い出すだけですよ。もう…数百年前の…懐かしい空気に」

「それは、ブルーワールドの風だ」

美奈子はコーヒーカップを手に取ると、一口飲み、

「次元の隙間から、流れて来ているんだろう」

フッと笑った。

「ブルーワールド!?」

その単語に、マスターの顔色が変わった。
< 43 / 295 >

この作品をシェア

pagetop