天空のエトランゼ〜レクイエム編〜(前編)
明らかに、レダの曲は鎮魂歌である。

しかし、その歌は…未来の惨劇に対して捧げられていた。

(崩壊した世界の為のレクイエム)

普通ならば、世迷い言葉と片付けるところであるが、彼女の歌唱力が、訴えかけるのである。

(世界が崩壊しても…生きてほしいと?)

そこまで彼女のメッセージを受け取ることのできる人間は、ほとんどいなかった。

それに、たどり着いたとしても…信じる者が皆無だった。

(だけど…)

香里奈もまた、信じてはいなかった。

なのに…心の底では、彼女のメッセージを真摯に受け止めている自分がいることに気付いていた。

(世界が崩壊する?核戦争でも起きるというの?)

香里奈の知識では、この世界そのものがなくなるという結果には導かれなかった。

恐らく…誰もまだ、想像もしていないであろう。

次元にヒビが入っていることに…。





「地獄か…」

指名手配中でありながら、堂々と町中を歩く男の名は、幾多流。

彼は、立ち止まっている香里奈の横を通り過ぎた。

「迫害されたキリスト教は、この世こそが地獄と説いた。だから、死ぬことで、やっと地獄から解放されるのだと」

幾多は、周りを歩く人々を見た。

カップル。仲間同士で楽しそうに歩く人々。項垂れた人。少し疲れた顔のサラリーマン。

そこには、幸せと不幸と疲れ…人それぞれではあるが、日常という暮らしがあった。

(日常は、地獄なのか?いや、幸せもある。しかし、常にはない。安定しない日々。それが、地獄なのか?だとすれば…天国とは何だ?常に幸せで、安定した生活ができる世界なのか?)

幾多は、前方を睨んだ。

(だとしたら…何て退屈なんだろ)

そう思ってから、幾多はフッと笑った。

(そうか!そんな心配無用だったな。この世界の末路に、安定も幸せも…退屈もない)

幾多は人混みから、外れた。

(崩壊するのだからね)

ビルとビルの間に入ると、幾多は目を瞑り、胸の前で十字を切った。

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