天空のエトランゼ〜レクイエム編〜(前編)
「いえ…。お嬢様。この女神はまだ完全に復活していませんでしたので…」

廊下の角から、執事が姿を見せた。

「だったら、もう少し泳がしたらよかったかしら?」

男子生徒は、加奈子のそばに落ちている乙女ケースに気付き、軽く蹴った。

「そうなれば…少し厄介になったことでしょう」

「そうよね。仮にも、おばさんになるんですもの」

男子生徒はクスッと笑うと、振り返った。

「真田」

「は」

真田と呼ばれた執事は、頭を下げた。男子生徒の口調が変わったからだ。

「この世界をやつらの好きにはさせない」

「は」

「何故ならば〜」

男子生徒は身を捩り、

「地の底でもがき苦しむ民衆を、照らしてあげるのが!わたくしのお仕事!」

恍惚の表情をつくり、

「すべては、わたくしの光の許に生きる!そう!人間なんて、わたくしの光がなければ生きてゆけない。可哀想な生き物」

「その通りで、ございます…。開八神茉莉…お嬢様」

真田は深々と、頭を下げ、

「太陽は頭上にあります。しかし、おいそれとは見ることができません。人は、お嬢様のご加護の下で生きているのです」

「そんな哀れな人間を、わたくしは守っているのですよ。哀れで非力で卑しい人間達!だけど!」

男子生徒は、自分の体を抱き締め、

「綾瀬太陽様は違いますわ!あの方は、わたくしと同じ太陽!ですから…きちんとお守りするように」

真田を睨んだ。

「承知しております」

真田はまた、頭を下げた。

「だったらいいわ」

男子生徒は頷いた。

「しかし…」

真田は見えないように、にやりと笑った後、

「彼も幸せでしょう。お嬢様の身代わりになっているのですから」

ゆっくりと頭を上げて、微笑んだ。

「やっぱり〜そう思う?お前も」

「はい」

「きゃ!太陽様!」

自らを抱き締めながら、身を捩りまくる男子生徒に再び頭を下げた後、真田は背を向けると、時計を確認した。

「時間か」
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