天空のエトランゼ〜レクイエム編〜(前編)
「うおおっ!」

号泣する純一郎に、綾瀬はため息をつくと、机に頬杖をついた。

(騒がしくなりそうだ)

やはり転校しても、安息などないのだと、改めて思った。




「少し遅れまして、申し訳ございません」

机とソファーしかない質素な理事長室内で、猫沢は頭を下げていた。

「仕方ありませんわ。さっきのような騒動があったのですから」

椅子から立ち、ディスクの後ろの窓から学園をみつめながら、黒谷理事長はこたえた。

「でも、そんなことよりも…」

黒谷はゆっくりと、振り返り、

「あなた方が、この学園に来られたことを歓迎しますよ」

猫沢の目を見つめた。

「!?」

その眼光の鋭さに、猫沢は少し驚いたが、表情には出さなかった。

「私達…月の防人である黒谷一族は、あなた方の転入を拒むことはできない。なぜならば、それは使命だからです」

その理事長の言葉を聞いて、猫沢は納得した。

黒谷は、まったく表情の変わらない猫沢を確認しながら、言葉を続けた。

「ここは、月の最終防衛ライン。しかし、それ故に…容易く相手に居場所を教えることになります。所謂…籠城状態に近くなります」

(フッ…)

黒谷の話を聞いて、猫沢は心の中で笑ってしまった。

「…」

そんな猫沢の笑みに気づいたかのように、黒谷は話を止めた。

そして、数秒だが…口をつむんだ後、言葉を続けた。

「まあ〜そんなことは、あなた方ならば百も承知でしょうけど…」

黒谷は再び、猫沢に背を向けて、窓の外を見た。

そして、そのまま訪れた静寂に、猫沢はこれ以上話しても仕方がないと見切りをつけた。

「失礼します」

黒谷の背中に頭を下げると、猫沢は理事長室から出ようとした。

猫沢がドアノブに手をかけても、黒谷はすぐには振り向かなかった。

「やはり…何か起こっているのですね」

実世界の大月学園とブルーワルードの大月学園は、繋がっていた。まるで、2つの世界が離れないようにしている楔のように。


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