天空のエトランゼ〜レクイエム編〜(前編)
営業中よりも明るい光が、店内を照らしていた。

店の扉を開けると最初に飛び込んでくるのは、長いカウンター席。

その左側の奥には、ステージがあり、テーブル席が並んでいた。


「ある意味…本物だったわ」

カウンターに座り、ワイルドターキーの入ったグラスを転がしながら、天城志乃はこたえた。

「ある意味って?」

カウンター内で、煙草をくわえながら聞き返した女の名は、有原里美。普段は、この店を仕切っていた。

「里美先生は、歌手って何だと思いますか?」

グラスをカウンターに置くと、中の氷を見つめながら、志乃は質問した。

「まあ〜自己主張も踏まえて…メッセージを伝える為じゃないの?」

里美は煙草を灰皿に置くと、志乃のふさぎがちな瞳を見つめた。

「そうなんですけども…慈善事業のチャリティーソングでもない限り…まったく個性のない歌ってないと思うんですよ…」

ここまで口にしてから、志乃は自分の考えを否定した。

「いや、違う。あの歌い方はまるで…最後の遺言のような歌だった。己の明日はない。だからこそ…明日ある者に対しての思いやり…それとも、何もできない自分への悔しさ」

志乃は考え込んでしまった。

かつて、喉を壊し…二度と歌えないと宣告されたことがある志乃だからこそ、感じ得たものかもしれなかった。

「つまり…その遺言は」

里美は、志乃の言葉を続けた。

「あたし達…すべてのリスナーに向けられていると」

「そうなんですが…」

「…」

まだしっくりと来ない感じの志乃を見つめながら、里美は煙草を手に取ると、軽く肺の中に煙を吸い込んだ。

そして、煙を吐き出すと、煙草の先からも立ち上る煙に目をやり、

「いろんな歌手はいるわ。そのレダって子にも、いろんな事情が」
「並の歌手なら!」

志乃は突然、カウンターを叩いた。拳をぎゅっと握り締め、

「そんな風に思えるでしょう。あのレダの歌声には、魂をかけた真実があった!だけど、その真実の正体が」
「世界が終わるね」

里美は、煙草を灰皿にねじ込んだ。
< 74 / 295 >

この作品をシェア

pagetop