天空のエトランゼ〜レクイエム編〜(前編)
「!」

驚いた志乃が思わず、顔を上げた。

「あら?意外かしら。あたしがわかったら」

里美は、首を傾げて見せた。

歌手ではなかったとはいえ、里美はドラマーとして活躍した時期があり、幼い頃の志乃を指導していたこともあったのだ。

「いえ…別に」

気まずそうにグラスを手に取ると、視線を逸らしながら、志乃は中身を飲んだ。

「明日香だったら、納得したんじゃないの?」

里美は、志乃に顔を近付けた。

「そ、そんなことは!」

志乃は椅子を動かして、身を反らした。

「まあ〜いいわ」

里美は笑いながら、新しい煙草を取り出し、口にくわえると、真剣な顔をなった。

「でも…世界が崩壊するなんて…戦争でも起こるってこと?それはあり得ない。小競り合いは今もどこかであるけど…全面戦争なんて」

「だけど…否定できない強さが、彼女の歌にはある。それは、真剣に歌と向き合った人間ならば尚更…」

「志乃ちゃん?」

里美は、軽く震えている志乃の背中に気付いた。


「おばさん!只今!」

その時、唐突に扉が開いた。

夕方の眩しい日差しとともに、店内に入ってきたのは、和恵だった。

「お帰りなさい」

煙草を灰皿に置くと、里美は優しい笑顔で和恵を出迎えた。

「あのねえ!今日は友達を連れて来たんだ」

和恵は後ろに顔をやったが、そばに麗菜はいなかった。



「ここが…タブルケイ」

麗菜は店の前で立ち止まり、木造の店舗を見上げていた。

3人の歌姫を育てた場所。

学校の近くにありながら、なかなか行く勇気がなかった場所だった。

(そうか…。お前は初めてだったな)

頭の中の声も、どこか懐かしそうだ。

(部長はあるんですか!)

驚く麗菜に、声はフッと笑った。

(一度…如月とな)

「赤星さん!何やってるの!早く早く!」

店の中から、和恵が手招きした。

「ご、ごめんなさい」

麗菜は慌てて、走り出した。

「お店がとても、素敵だったから」

夕陽に照らされた木造の店と、すぐ目の前の山の迫力が、麗菜の心を久々に震わせていた。

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