天空のエトランゼ〜レクイエム編〜(前編)
(だとしたら…)

女は、頭に浮かんだ言葉を飲み込んだ。

それからゆっくりと目を開けると、町を歩く人々を見つめた。

(音楽は…人を幸せにする。だけど…不幸にすることはない。だって…言葉通り、音を楽しむものなんだもの。楽しめないのは…自分のせいよ。音楽は関係ないわ)

その言葉は、女が口にしたことではなかった。

かつて…女が少女だった時に、ある女性が語った言葉だった。

(ママ…)

女の脳裏に、煙草を指に挟みながら、微笑む女性の姿が浮かんだ。

(確かに…ママの言うように、あたしは音楽で幸せになったわ。だけど…)

女の脳裏に違う女性が映った。

日本人ではない。

妹の遺骨を抱きながら、女性は自らの頭を、拳銃で撃ち抜いた。

(ティア)

女は、唇を噛み締めた。

(彼女は…)

女が思考を続けようとしたが、ふいに鳴った携帯電話が現実に戻した。

「はい」

画面を見ることなく電話を出た女は、聞こえてきた声に微笑んだ。

「元気にしてるの?香里奈ちゃん」

電話の相手は、速水香里奈だった。

「今は、日本よ。あなたこそ…」

と言いかけて、女は言葉を止めた。

「そう…あなたも日本なのね」

女は歩き出した。

突然、顔つきが変わった。

「…あなたも聞こえたのね。彼女のメッセージを」

女は目を瞑り、しばし電話の声に耳を傾けた後、徐に口を開いた。

「そのメッセージが何であれ…人々が不幸になるというのであれば…あたし達歌手は、それを伝えるだけではなく、不幸を止めなければいけない」

女は足を止めると、再び夜空を見た。

「昔…和美さんが言っていたわ。神が与えた試練である人々をわける言葉の違い。その壁を壊すことができるのが…歌手と」

女はフッと笑うと、

「自惚れではないの。ちっぽちな1人から発せられる歌声が、人々に届くなら…あたし達は伝えた責任を負うのよ。それは…レダという歌手も同じ。例外はいないわ」

女は、空を見上げるのを止めた。
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