天空のエトランゼ〜レクイエム編〜(前編)
「敵は、何者なんだろうね」

廊下を並んで、教室側を歩く理香子に、中島が訊いた。

「わからないけど…」

理香子は首を捻りながらも、女神としての本能が確信したことだけを口にした。

「匂いが…この世界のものなのよ…ね。つまり、さっきの男は紛れもなく…この世界で生まれた人間…。だけど…」

理香子自身が一瞬、間違えた…闇の波動を思い出すと、そう決めつけていいのかわからなかった。

(魔獣因子と呼ばれるものは…月の女神であるあたしが生まれ変わる以前に、この世界を創った時にできたバグみたいなもの。あたしが目指したのは…人間の為の世界)

理香子はちらりと、廊下の窓から外を見た。

(魔物がいない世界なら…人は幸せになると思っていた…)

窓の向こうに見える人工物を見つめながら、理香子は口を閉ざした。

窓と理香子の間にいる中島は、自分を見ていない理香子の複雑な瞳の色に、下を向いた。

そのまま…無言で廊下を歩いていく2人の後ろ姿を見送る者がいた。

猫沢巫女である。

「フン!」

軽く鼻を鳴らすと、猫沢は理香子達に背を向けて歩き出した。

しかし、すぐに足を止めた。

柱の影にもたれるように、真田がいたからである。

「ご苦労」

眼鏡を指先で上げながら、真田はフッと笑った。

「…」

猫沢は無言で、頭を下げた。

「もうすぐお嬢様のお帰りの時間だ。護衛を頼むよ。純一郎だけでは、心許ないからな」

それだけ言うと、影の中に消えようとする真田に向かって、猫沢は口を開いた。

「ここは、月の故郷。知られ過ぎています。そんな地になぜ?」

「出過ぎた質問だが…」

真田は眼鏡を外すと、猫沢の横顔を見つめ、

「君ならばこたえよう」

口許を緩めた。

「!?」

猫沢は無意識に、距離を取り、構えた。

恐ろしい程の魔力を感じたからだ。

「フッ」

真田は、眼鏡をかけ直した。

そして、廊下の窓から外を見つめながら、話し始めた。

「闇が生まれたのは…月があるからだ」
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