ゴシップ・ガーデン
その条件を受け入れて、
母は一人、あたしを産んだ。



「…だからね、
あたしは本当の父親に、
一度も触れられたことはないんだ。

笑顔で接したこともない。

どうしてそれで、
親子だなんて言えるっていうの」



あたしには育ててくれた父がいる。


不倫の末なんて、
許されないことして
あたしをつくった実の父親なんて、

あたしにとっては
どうでもいい存在だし。


一度会ったくらいで、
情なんて湧くわけないでしょ?



なのに何で、
胸の中がかき乱されてる。


身体の力が抜けて、
目の奥がじんじんと痛い。



これは、
一体どういう感情なんだろう。



…たぶん、
単に人の死に慣れていないだけ。

それだけのはず…。



「顔すら覚えていないんだよね。
ずっと、目を逸らしていたから…」



はっきりと覚えているのは、
テーブルの上で組まれた指の爪。


あたしは
膝の上に置いた自分の手の爪を見た。

ツヤッと光る。


爪の縦じわは、
老化現象なんだって、
あとで知った。




「どうせもう二度と会うことは
ないと思って別れたから。

だけど、こんな急にこの世から
いなくなってしまうなんて
思ってもいなかった。

でも、今更何を思っても、
言うこともできないから。

もうどうしようもないから、
もう、いいんだ」



あたしは自分の手の中の
小さく折られた紙きれを
じっと見つめた。




父から渡された、
あの人の葬儀の日程と、
場所が書かれたそのメモを

ゴミ箱に捨てて、
病院をあとにした。


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