ゴシップ・ガーデン
「あたしには、
育ててくれた父がいるし。

一度だってあなたに対して
償って欲しいなんて
思ったことなかった。

…だけど…」



あたしにとっては
他人のあの人に、

何であんなこと
言ってしまったのか。



ずっと後悔していた。



こんな簡単に
お金を手にしてしまったこと。


誰にも言えずに
通帳の重みに耐えらずに。


あたしは最低だと思った。



それでもその通帳は、

嫌なことがあって、
家を飛び出してしまいたいと
思ったとき、
心の支えになっていた。



これがあるから、
大学に行ける。

家を出られる。


大丈夫、
あともう少しの辛抱だから、って。



情なんて入ってるはずもない
胸の中が痛む。


非情を貫けないくらいなら、
初めから
何も償ってもらわないほうが
よかったんだと、

ずっと後悔していた。



「…だけど、
あなたの“償い”は、
あたしの未来を拓かせてくれた」



だから感謝もしている。



もう二度と会うことのない、
あたしの本当の父親。


不誠実な男。

母の愛した男。






『元気で…』


あたしはプレゼントを拒んだ。

差し出したバラの花束を
引っ込めながら、

あの人は悲しげな顔で
最後にそう言った。


その言葉にあたしは
何も返さなかった。


哀愁ただよう背中だったな。



あの時、せめて
この一言くらい伝えてもよかった。



「…あなたも、元気で…」



にこりともしない
遺影に向かって。


今言うと、
なんて無意味な言葉なんだろう。



そして、母のことを考えた。


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