ゴシップ・ガーデン
吸わずに置かれたままの
葉巻の火は、

いつの間にか
消えてしまっていた。



今まで
ベラベラしゃべっていた母は、
急に大人しくなった。




母は、名残惜しそうに
消えた葉巻を見つめた。



流れるバックミュージックに
耳を傾けながら、
しばらく目を閉じた。


ゆっくり瞳を開いて、
さっきまでとは別人のように、
深い声でつぶやいた。




「…ついに
あの人との約束を
果たすときがきたんだわ」




約束?



「あの人と最後に
ここで会ったとき約束したの。

別れの言葉は言わずに
終わった恋だったけど。

別れを決心して会った夜だった。


もう二度と
会うことのないあの人に、
冗談っぽく言ったのよ。


貴方が死んだときは、
ここで弔ってあげる、って。


私はお葬式に出られる身分じゃ
ないから。


いつか貴方が死んだときは、
この店を愛した貴方のために、

貴方の好きなお酒と葉巻と
好きな曲をリクエストして、
私がここで
貴方を見送ってあげる、って。


あの人は、“頼むよ”って
笑った。


それまで、
ここにはこないでおこうと
私は自分に誓った。

そしてついに
この日がやってきた…」



語尾が震えていた。


母は涙をこらえている。


そんな気がしたけど、

あたしは
気づかないふりをしながら
黙って母の話を聞いていた。




「…どうしても
シイナと一緒に
あの人を送りたかったんだ」




…そうだったんだ。


だから母は、
今夜このバーにあたしを呼んで、
話すことに決めたんだ…。



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