ゴシップ・ガーデン
そうか…
今店内に繰り返し流れている
バックミュージックは、

“あの人”が
好きだった曲なんだ。




母は、カウンターの上で
組んだ指にギュッと力をこめた。



「…ああ、あの人に、
これでやっと言える。

“さようなら”、って」


振りしぼるように言いきった。


鼻をすすった母の顔は
すっきりとした笑顔だった。




胸が苦しくなった。


“あの人”は、
きっと今でも

母にとっては
忘れられない人なんだ。


きっと、何度
新しい恋をしたって。




「…お母さんは、
どうやって“あの人”が
亡くなったこと知ったの?」



「…病気のことは、
昔の知人から噂で聞いたんだ。

偶然うちの美容院に
カットに来てくれてね。

葬儀の日程は、
元旦那君から
電話もらって聞いた。

元旦那君も
知人から聞いたって
言ってたわ。

狭い世間ね。

でも、聞かなくても
結局わかったと思うけど。

新聞の訃報欄にも
載ってたから…」


もう母の声は震えていなかった。




母が今夜、
ここに連れて来てくれて、
話して、

今まで
わかり合えなかった何かが、
少しずつ解凍されていくような
感覚がした。



次はあたしが話す番だと思った。


話すなら今しかない。

そんな雰囲気だったから。



決心したら、
緩んでた気持ちに緊張が走った。




「お母さん、あたし…」



「ん?」



「…行ってきたんだ、今日。

お父さん(育ての義父)に
聞いて、

“あの人”のお葬式に」



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