Sweet Life【Sweet Dentist短・中編集】
亜希の瞳の涙は限界まで溢れていて今にも流れ出しそうなくらいだ。
俺は亜希のこんな表情を見たことがなかった。亜希はいつだって笑っているか、怒っているかで表情はコロコロ変わったけれど、泣き顔だけは誰にも見せたことがなかった。

「あたし、きっとピアニストになりますね。そしていつか日本に帰ってきたとき先輩をリサイタルに招待できるように頑張るから…だから、見ていて下さいネ。」


亜希に言いたいことも聞きたい事も沢山あるのに、言葉が見つからない。声すらでない。

「亜希…。」

「今まで、素直になれなくて…冷たいことばかり言ってごめんなさい。でも、先輩の気持ちは凄くうれしかったです。」

亜希に何かを伝えたいのに言葉が見つからない。

「きっと、ピアニストになりますね。見ていて下さい。大切な恋を諦めても選んだ夢です。きっとかなえて見せますから…。」



―――――大切な恋を諦めても選んだ夢…



「亜希は…いつから俺の事好きだったんだ?」

亜希の言葉に半信半疑で問い掛けてみる。

「先輩があたしに声をかけるずっとずっと前から先輩を見てました。」

「じゃあ、俺のこと、断り続けていたのは別れが来るのがわかっていたからなのか?」

「うん、だって、お付き合いしたら…もう、先輩から離れられなくなる。あたし、きっと留学なんて出来なくなるもの。」

涙は限界を超えて瞳からポロポロと溢れ出している。

今まで胸に秘めてきた想いを一気に吐き出すように、亜希は素直に話していたと思う。

これまでわからなかった亜希の素直な気持ちが胸に迫ってきて、思わずその手を取って引き寄せると腕の中に閉じ込めていた。



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