亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~
―――解散、という一言が響き渡った途端、それまで密集して固まっていた人間の群れが一気に散り散りとなり、ある者は階上へ、ある者は階下へと、慌ただしく移動し始めた。
人の波の合間を縫う様に歩き、そのまま長い螺旋階段を上がって行けば、その後ろに法衣姿の老人や師団長、兵士の類いが続く。
歩調を緩めることなく彼等の先頭を歩く人物は、手元の羊皮紙で出来た分厚い書類に目を通しながら、真後ろから絶え間無く投げ掛けられる質疑に淡々と応答する。
…書類に目を通している、と言っても、少し濁った盲目の彼の瞳は、あらぬ方向に向いているばかりか焦点さえ定まっていないが。
一端書類から視線を外し、階下から走ってきた第一師団長の報告に、耳を澄ませた。
「―――…おはよう御座います、ダリル執務管長殿。第一師団、任務を終えてただいま戻りました」
「おはよう師団長。………で、状況は?」
「…はっ。昨日からのバリアンの動きですが、軍部と思われる武装した兵士の大群が、夜更け頃に砂漠地帯中央から国境沿いにかけてを移動しました。…現在は進行停止。砂漠のど真ん中で沈黙状態のまま、微動だにしておりません」
「………戦力は?」
「…詳細は不明ですが、兵士以外にもバジリスクと呼ばれる猛獣と怪鳥サラマンダーが数十匹伴われております。しかし、兵士の数は大群と雖も軍部全体の半分にも満たないものかと…」
「…訓練並みの少なさだね。………報告、ご苦労様。とりあえずそのまま様子見で。…あ、臨戦体制は崩したら駄目だよ。…何かあった時のために、第一師団と第二師団は国境沿いに配置で。こっちに来るなって感じで睨んでて」
「御意」
師団長は敬礼し、素早く踵を返してダリルに背を向けた。