亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~




純白の衣を被った雪山は、いつも微動だにせず、悪戯な風に撫で回され、大きな嵐による突風で削られ、凍てついていき…。


いつ何時でも、山は、丘は、深い氷の森は、沈黙を貫いていた。
いつも民を囲む自然は、堂々と、しかしひっそりと、息を潜めていた。
狩人達が神と崇めるそれら神々は、いつも眠っていた。





夜明け前、だっただろうか。





……何の予兆も無く、神々が恐ろしい呻き声を上げ始めたのは。

果ての無い飢えに苦しむ獣の声が、このデイファレトに満ちたのは。










「………お外がこんなに賑やかなんて…珍しいわねぇ。………神様の悲鳴かしら」

毛皮で作られた厚手のマントが、吹雪いてきた風の吐息にハタハタと靡く。
枝の如きか細い指先でやんわりと裾を摘んで羽織り直し、イーオは深く白い息を吐いた。

相変わらず柔らかい彼女の目線の先には、家がある小さな街の外れにある、深い森の見飽きた積雪の風景。

夜明け前の薄暗がりが淀んでいる森の中は、当然だが視界が悪く、不気味な静けさと気配が潜んでいる。
その暗闇の奥にある、一度入れば抜け出すことなど出来ない様な、更なる闇を孕んだ泥沼の如き洞穴をぼんやりと見詰めて…イーオは静かに微笑んだ。

洞穴と言っても、側面はきちんと煉瓦が積まれた壁で出来ている人工の通路。人一人が入るにはちょうどよい大きさのぽっかりと空いた通路の口は、以前まで頑丈な扉で塞がれていた筈なのだが。

剣か何かを使って……強引に開けられたのだろう。……この通路は、あの城に続く秘密の通路。開けたのは言わずもがな、小さな狩人と小さな王子様に違いない。
…この通路をちゃんと見付けてくれて良かった、とイーオはホッと安堵の息を漏らした。
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