亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~
漆黒の入口の口をじっと見詰めて、イーオは再度深く息を吐いた。
―――…また、この真っ暗な道を見る日が、来ようとは。
イーオは前を向いたまま、自分の背後に立っていた人影に口を開いた。
「………ここまで連れて来てくれて、ありがとう。…ごめんなさいね、森の中は足場が悪くて…車椅子じゃ、無理だったの」
後ろに佇んでいるのは、イーオの住む小さな街の住人の一人だった。隣家、と言っても互いの家は相当距離がある、親しくなければ名前も知らない…ただのお隣りさん。
街から外に出るには、どうしても他人の手を借りなければならなかったため、無理を言ってこのお隣りさんに車椅子を引いてもらっていた。
街の住人にとって、『理の者』である独特の不可思議な力を持つイーオは、不気味な老婆でしかなかった。こんな化け物と関わりたくはないだろうと、イーオ自らが他人との接触を避けていたが…今回は仕方ない。
案の定、イーオにどうしてもと頭を下げられて渋々了承してくれた隣家の男は、特に何か話す訳でもなく、居心地が悪そうに真後ろで目を泳がせていた。
「……手間をかけさせてしまったけれど…もう、結構よ。………ここから先は私独りで大丈夫だから、お帰りなさいな…」
そう言って、ささやかな笑顔で振り返るイーオ。すぐにでも帰りたい気持ちでいっぱいであっただろう男だったが……さすがに、老婆独りをこんな森の奥に残して去る程、彼は非情な人間ではないらしい。
不安げに、しかし恐る恐るといった様子で、男はイーオを見下ろした。
「………あんた…何処に行く気だ…?」
会話らしい会話など、これが初めてかもしれない。老婆はただ、上品な笑みで男を見上げる。
「………そうねぇ…里帰り、かしら?…私の、家でもあるの…」