亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~
幼い頃。甘くもあり、苦くもある青春時代を過ごした、氷のお城。
少女時代の自分がいる、もう一つのイーオの家。………いや………自分の家は……最初から、あそこしかないのかもしれない。
「…まだ夜明け前だというのに。………神様の災いはもう、始まっているみたいね。………………街に戻ったら…ご近所の皆さんと避難した方が良いわよ……お腹を空かせた獣が森から下りてくるでしょうから。………街の外壁の守りを固くして…明日の朝まで、地下で大人しくしておいてね。………ご健闘をお祈りするわ」
―――…そうだわ、昨日パイを焼いたの。戸棚に入れてあるから、良かったら御家族で食べてちょうだいな。それと、私のあのお家、どなたかに差し上げるわ。何も無い殺風景なお家だけど…ごめんなさいねぇ。
………柔らかな笑顔で、イーオは何処か楽しそうに話す。
だが、その口から紡がれるのは、まるで………。
まるで……もう、二度と帰らないかの様な。
言いたい事は言い終えたのか。
黙りこくる男に軽く頭を下げ、イーオは自分で車椅子を引き出した。
暗い通路の口へ、ゆっくりと…次第に遠ざかっていく、骨と皮だけのか細い背中。
それは痛々しく、切なくて、だが…。
「…あんた………あんたは………何でなんだ…!………あんたの行く先に…何があるんだよ…どうして行くんだ…!」
…こんな吹雪で…しかも、イーオの言う通り…今朝から山が騒がしい。遠吠えがあちこちから聞こえてくる。
………獣に出くわしたら?…途中で車椅子が動かなくなったら?
………彼女は、分かっているのか。
死んでしまうかもしれないのに。