亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~
雪の精が、泣いている。
今朝から鳴り止まない、山々から聞こえてくる獣達の遠吠えや唸り声に怯えているのだろう。
姿は見えないが、彼等は声を漏らして泣いている。
誰にも聞こえない、自分だけが聞こえる声。
風に乗って何処かに行ってしまったかと思えば、いつの間にか傍にいて。
いつもはクスクスと笑っているのに。
………そんな彼等の儚い泣き声が、レトを深い眠りから引き上げた。
寝ぼけた頭はいつもの様にぼーっとしていて、すぐには重い瞼を開けられなかった。
ひんやりとした冷気が、露出した肌を撫でてくる。そういえば自分は廊下で寝ていたんだっけ。道理で寒い筈だ。
まだ眠っていたいのだが…習慣故なのか、一度目を覚ますと身体を動かしたくて仕方なくなる。
基本、二度寝が出来ない体質なのだ。
時刻は夜明け頃だろうか。狩人の正確な体内時計が、起きろ起きろとうるさく鐘を鳴らしている。
モゾモゾと羽織ったマントの中で手足を動かし、続いて欠伸を噛み殺し、レトはゆっくりと眠気が薄らぎつつある瞼を開いた。
………の、だが。
「お・は・よ・うっ」
「―――…………………お早う…」
今日初めて表に出たレトの視界いっぱいに映ったのは、綺麗な模様が浮かぶエメラルドの瞳を添えた、満面の笑みだった。
…文字通り、目と鼻の先。
至近距離にあるそれは、「あらやだー。寝起き顔、超可愛いんですけど!」と、はしゃいだ声を上げ、何事も無かったかの様にスッ…と遠ざかった。
硬直するレトの前で長すぎる緑の髪を弄りながら、世間で知られている魔の者とはだいぶ掛け離れた性格を持つ魔の者……ノアは、再度綺麗な笑みを向けてきた。