亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~
肌を刺す吹雪の冷気など気にも止めず、神官は厚い積雪に歩を進めた。
一歩踏み出せば途端に、何処からともなく深くフードを被った数人の狩人が前に踊り出て跪ずいてきた。
一番手前にいるまだ若い青年の狩人は弓を地に立て、深々と頭を下げながら口を開く。
「………神官様…」
「分かっている。…何者かは分からんが…とりあえず今は、客人だ。お前達、むやみに手を出すでないぞ…」
「………はっ」
姿は見えないが、アルテミスの周囲には守りの狩人達が多数潜んでいる。彼等もここに近付いて来ている何者かの気配を既に察知していたのか、纏う空気には厳かな緊張感があった。臨戦体勢に入っている彼等を眺めながら、表には出していないもののやはり血の気の多い者達だな…と苦笑する。
軽く咳払いを一つ。…不意に神官は、真正面に跪く狩人達の、その背後に広がる暗い森林の奥に視線を向けた。
…狩人達は無言で神官の視線を辿り、立てていた弓の柄を再度握り直した。
「……予想より早い、お出ましだな。……控えなさい」
ひらひらと片手を脇に軽く振れば、白マントの集団は音も無く左右に散った。…同時に、視界に広がる森に目に見える異変が生じていく。
固く口を閉ざしていた門が観音開きに開いていくように、個々の木々達が左右に身体を曲げ、一筋の道を作り出していくではないか。
裸の枝と地中深くにある筈の太い根が地表を這いずり回り、積雪の上に人一人が通れそうなトンネルを形成していく様は、夢でも見ているかのよう。
こんな摩訶不思議な光景を目の当たりにしていても何故かやけに冷静でいられるのは、老いのせいなのか。
深い森の中、一部だけが木々達によって開拓された道。
ミシミシ、と奇怪な音色を奏でていた樹木の群れは、ぽっかりと空いた口をそのままにぴたりと動きを止めた。
仄暗い、森の胎内に通ずる道の奥を、神官の老いた瞳は鮮明に映す。
陰に塗れて独り佇む、異質な影を。
「―――…アルテミスとは……かくも美しい、木か…」
「…女神の化身とも、言われている。………第一声でお褒めの言葉を頂けるとは、嬉しい限りだな」