亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~
  

自分のこういう無意識な偽善者振った笑顔は、自分ではよく分からないが相当腹黒いものなのだろうな、と神官は思う。
いくら平和主義だ何だと宣言していても、己の胸中に潜む、狩人独特の鞘の無い刃の存在は消し去れない。
人見知りをするくせに本当はさみしがり屋で、根は平和主義だが極めて攻撃的で……ああ、なんてややこしい天の邪鬼。困った部族なことだ。そのどうしようもないところが、愛しい。馬鹿らしい。





「―――…私は、フェンネルから参った人間です。………貴方方狩人の言うところの主である…長老、とやらにお会いしたい」

「お引き取り願いたい。………何処の愚か者が我が主の事を口外したのかは知らぬが……会うことは叶わぬ。それが異端者であるならば尚更のこと。それに今は生憎……長老は機嫌が悪い………貴女のために、もう一度言う。……………お引き取り、願う」



…言い終えるや否や、一斉に凍てついた矢の鋭い先端が彼女に向けられた。四方をぐるりと囲んだ矢の壁。中央の小柄な人影は微動だにせず、ただ冷やかに神官を見据えていた。

彼女とて、蜂の巣になるのは御免だろう。何の目的でやってきたのかは知らないが、ここまで堂々と、しかも独りで来たその据わった肝には心から拍手を送ろう。


出来れば、殺生は避けたい。だから今すぐ立ち去って頂きたい。…そう願う神官の意に反し、小娘から向けられる眼光の威圧感は変わらない。むしろ、増した様にも思えた。



サラサラとなびく黄金色の髪は、細かな粉雪を滑り落としていく。小さな純白の欠片が遠慮がちに、髪と同色の長い睫毛に身を落とした。
聞き飽きた風の歌しか聞こえぬ静かな、だが殺気に塗れたこの最中で……華奢な彼女の指先は睫毛の雪を払い………閉じていた形のいい唇が、不意に美しい三日月を形取った。








「……………郷土を出れば、何処に行っても……異端者、異端者、異端者。………何処に行っても、刃に囲まれる。…………………いい加減、飽きたわ…」






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