亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~
―――ピシリ、と…ただでさえ寒いのに、場の空気が更に冷たさを増し、凍てついた。同時に膨張したのは、矢の壁から放たれる殺気の凄まじさだ。
「………何を言っておられる」
「飽きた、と言っているのですよ。………この、芸の無さに。……単純だ。何処もかしこも、馬鹿らしいほど単純だ」
「…この状況でよくもまあ、そんな侮辱など吐けるな…」
「…侮辱にあらず。…………ただ、貴方方もバリアンと同じであるなと…感想を漏らしたまでです」
…それが侮辱なのだよ、という舌の上まで出かかっていた言葉を飲み込み、神官はそれまで浮かべていた笑みを引っ込めた。
穏便に済ませたいのに…この小娘は、噛みついてくる。しかもそこにはあからさまな敵意など無く、ただじゃれついてくる様で…相手にし辛い。…噛んでくるが、牙を立ててはいない。
………甘噛みだ。
死ぬかもしれないこの状況下で甘噛みだなんて。…無駄に自信があるのか、それともただの狂人か。
「………其方……とんだ愚か者だな」
「かも、しれません。ですが…そんな愚か者でも、命の危機にあることくらいは分かっています。それを承知でここにいる私は、貴方が思っているよりも、本気なのですよ」
「………」
「私は争いに来た訳ではない。……長老と、話がしたい」
とんだ、愚か者。愚か者の小娘。だがしかし。
今まで見たことの無い、澄んだ瞳だ。強い目だ。こんな老いぼれでも、千里眼を使わなくとも分かる。
小娘よ、独りで一体、何を抱えているのだ。