亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~
「―――去るがいい………無傷の、内に…」
「…御親切に忠告有り難き…と言いたいところですが………怪我の一つや二つ如きを覚悟していないのならば、元よりこの様な場所には参りません。…貴殿と………………話を、したい」
「…強情な」
「存じております」
牙を覗かせて威嚇する白き百獣の王に、一歩も引く気配の無いローアン。小柄で可憐な女の身には似つかわしくない、男顔負けのむしろ挑戦的な態度をとる彼女に、神官は顎髭を撫でながら…ああ、これはこれで面白いかも…と、不謹慎な感想を持った。
こっちは暗い樹木の中で、頑固な親子の仲介役に堪えてきたのだ。…暇な毎日にちょっとくらい刺激を求めても、まぁ良いではないか。
緊迫したこの空間を独り楽しんでいる神官の心中など露知らず、二人の王は変わらぬ距離を保ったまま対峙し続ける。
どんなに威圧しても、どんなに睨んでも引かないローアンに痺れを切らしたのか。
それまで不動の仁王立ちを維持していた長老が、ゆっくりと……地に刺していた巨大な片刃の剣を抜いた。
…途端に、ローアンを囲んでいた矢の壁が…少しずつ引っ込んでいく。何を悟ったのか、狩人達は皆弓の構えを解いていった。
それに伴い、神官もゆっくりと後退し、長老の背に回った。
…一回りも二回りも大きな男の手が、鋭利な剣の柄を握り締めた。
よく磨かれたその刃の切っ先は、ただ真っ直ぐに。
ローアンに、向けられた。
「……力で、捩伏せるおつもりですか?…それは、何の利益にも解決にもなりません…」
「…少なくとも、その減らず口を聞かずに済むだろう…。…女人を斬るのは心苦しいが………異端なる敵ならば、致し方ない」
「………敵、ですか」