亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~
…ふと、ローアンの目付きが変わった。
細い指が、羽織っていた漆黒のマントにかかる。スカイブルーの瞳には、闘志を帯びた静かな炎が見えた。だが、そこには殺気など無い。
「………逃げぬのか?…意地の悪い…」
「…こう見えても、私は王である前に一兵士だった…少々複雑な経緯を持つ人間でしてね………逃げるなど、私の選択肢には皆無…」
真っ白い吹雪の中で、一際映える黒いマントが閃き、宙を舞った。
投げ出されたそれは、少し離れた積雪の上に音も無く降り立った。
「………………武器も無しに……挑もうというのか…。………嘗められたものよ………………笑止、忌ま忌ましいっ…」
ズシリと重い剣が舞い散る雪を薙ぎ払い、ゆっくりと…構えられた。
百獣の王から真っ直ぐ向けられる殺気立った敵意は、そんじゃそこらの戦士とは比べものにならないほど大きくて、強くて、張り詰めていて。
恐怖よりもまずローアンを襲ったのは。
久しく感じていなかった、武者震い。
「―――…武器など………笑止。私は話をしに来たと、言った筈だ」
艶やかな笑みを浮かべて、ローアンは己の手の平を拳で叩いた。
生死がかかっている筈なのだが、なんだかわくわくする。心配性のアレクセイには口が裂けても言えない。
拳での戦いは、昔の喧嘩以来だ。