亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~
謁見の間に勢いよく入って来たのは、自分達と同じ一人の兵士だったが……一同が目を見張ったのは、その傷だらけの姿だった。
四肢には切り傷や火傷の痛々しい痕があり、兵士が歩んできた道程には多量の血痕が点々と赤く色付いていた。
胸を押さえ、肩で息をしながら、兵士は呆然としたまま凝視してくる同士達の中を進み、奥にいる老王に掠れた声で叫んだ。
「………陛、下…!」
息も絶え絶えな叫び声は、驚愕のあまり身体のみならず頭の回転さえも硬直していた老王を我に返させた。
…ハッとした様に何度か瞬きを繰り返すと、今度は顔を真っ青にして玉座から身を乗り出した。
「……な、何じゃ……!?何が起こっている!?…ぞ、賊共か!?賊が乗り込んできたのか!?」
若干パニックに陥った老王。愛用の杖を握る手はぶるぶると震え、今にも落としそうだった。
…そう言っている間にも、部屋の外が何やら騒々しくなっていく。複数の喚き声が響いているが、何と言っているのかは分からない。
「……へ…陛下……………ど…うか、お逃げ、下、さい…!」
「……逃げろ、じゃと…!?」
…タラリと珠の様な汗が額から頬を伝って落ちる。
ただ事では無い、しかし訳の分からない事態に、謁見の間にいる全員が混乱していた。
…体力が尽きたのか、玉座の手前でとうとう膝を突いた瀕死の兵士は、前のめりに倒れ伏す直前…最後の力を振り絞るかの様に、一言……叫んだ。
「―――王子、が…」
―――王子?
その言葉に、誰もが訝しげな表情を浮かべた。
事切れてしまったらしい兵士からは、それ以上もう聞く事は出来ない。
乾いた唇をわななかせ、老王は落ち着かない様子で辺りを見回す。
「……王子、じゃと?……王子が…王子がどうしたというのじゃ?…王子に何があったのじゃ…!!」
安否が気にかかる老王の脳裏に、二人の息子の顔が過ぎる。
…これは、非常事態だ。何が起きているのだ。