亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~
卑しい身分である自分の血が混じっている事が原因なのか。
すっかり血の気も失せてしまった顔面蒼白のサリッサ。絶望感を漂わせたその瞳に映るノアは、不気味な程の無表情を浮かべたまま、静かに首を左右に振った。
「…いいえ、御母上様……いえ、サリッサ。…過去にも、王族と身分の差がある人間との交差は幾つもありました。…元来、王族の血は濃いものであり、薄まることは決して無いのです。故に、サリッサ…貴女の心配は杞憂。王族の血は今日まで確かに…守られております」
…そう言いながら、ちらりと横目でユノを見遣るノア。
不意に何も言わなくなった彼は、大きな瞳を見開いたまま、玉座をじっと見下ろしていた。…噛み締めていた小さな唇が、時折何かブツブツと言葉を紡いでいたが、それはただの吐息の様なあまりにも小さな声で、酷く儚げで……ノアの耳は聞き取れなかった。
「………じゃあ…どうして?…どうして駄目なの…?………………神様が間違えてるの…?」
…納得いかない。
ユノに問題など何一つ無い。仮に問題があるとするならば、それは神であるアレス自体にあるのだ。………そうでなければ、他に何があるというのか。
「………ユノ……きっと違うよ。………何かの間違いだよ………」
玉座を前にしたままピクリとも動かない、見慣れた友の小さな背中を見詰めながら、レトは彼にそっと…歩み寄った。
…予想だにしていなかった事態を前に、ドールは沈黙を守っていた。
各国の王族についての歴史に詳しい訳ではないが、王位継承権を持つ王族が神から拒絶されるなど、聞いたことが無い。恐らく前例も無いだろう。
…このデイファレトは創造神アレスから王政復古を命じられていたのだ。それなのに、その命に従った自分の愛し子を…土壇場で拒むなんて………こんなことが、あるものなのか…。
真正面の玉座と微動だにしないユノを見詰め、そのまま視線を天から降り注ぐ一筋の月明かりに、何気なく、移した。
ドールの鋭い眼光は、視界に映る僅かな…そして異様な変化を、見逃さなかった。